ざらめの後味

親友についての日記をぽつりぽつり

「大人になると“頑張ったね”ってあまり言われないですよね」なので僕は大にして言います。「あなたは、とっても頑張っていますよ」

 

処方箋をもらうときに薬の量をみて、これに依存しませんようにと願いつつ、帰宅して子を降ろし雨の日の抱っこひも使用でできた骨盤のアザを少し撫でながら「あたし頑張っているんだってさ」と声に出してみた。子が「アーイ」とタイミング良く声を出して、「そうだよ」と返事をくれた気がした。

 

守るべきものがひとつ増えたのは大きいけれども、成長を間近で感じているからこその、この子は必死に生きようとしているのに時折自分は死にたい、このまま消えてしまいたいと思ってしまう葛藤が辛い。願わくば外国映画でよく見るボトルの頓服薬がほしい。

遠回しに皮肉を言われてる気がするとき、ふと中高の時を思い出す。これがフラッシュバックってやつなのか。嫌な感じ。感覚過敏によって五感がその時の記憶全てを一気に呼び起こしてくれる。全く嬉しくない。

 

旦那の機嫌が悪い気がするときも同じで、なんとなくあの中高時代の雰囲気と似ている空気に引き込まれる感じがあって今でも落ち着かない。あの頃自分の障害の事を知っていたら、頑張ってもできない自分が悪いんじゃないんだよ、と、自分を責めなくて済んだのかもしれないなとは思うけど。タイムマシンがあるわけでもない。今の苦しみは今乗り越えるしかない。

 

相手を怒らせた理由がわからずに、聞いたら「そんなの自分で考えて」と返されて苦しんだことが何回あったんだろうか。教えてくれれば直したりできるのに、と当時は思ってたけど今も正解がわからないでいるのが正直なところ。

 

睡眠薬と、SSRIを強いのに変えてもらった。これで少しでもよくなるといいなと期待。

 

これはただの備忘録。誰に向けて書いてるわけでもない。ちょっと辛いときにかいてるだけ。私は大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 

 

寝付くのに3時間程かかったし、魘されて起きた。

 

目覚ましに感謝した日は今日かもしれない。

 

"歩兵隊を始め、銃で打たれるとわかっているのに順番に歩く人々。虐殺されていく人たちの映像と、そのときに関わった人たちのインタビューみたいなのを聞かされて深入りしすぎたのか

先延ばしグセ、というのはわたしだけにあるのだろうか。一般的にいう普通の人は、そういうのを見て怠けていると思うのか検索を何回かかけてみたことがある。案の定、良いことは一個も書いてはいなかったのでもう見ることは続けなかったけど、検索すると知識が増えるのは良い点、結構厳しいことも書いてあるから割と落ちるときもあるから要注意。

 

どこにも属していない感じ、というかどちらにも属していてどちらかになることが許されない感じ

 

はっきり言うと“その曖昧がつらい”

 

"出生体重貯金"というものがあって、子の口座を作ったら生まれた時の体重やらをお金として振り込んで記念にするってやつなのだけど、12月末に出産、里帰りで3ヶ月、自宅に戻ってきてから1ヶ月、口座は作ったものの体重貯金はしていない。

 

やりたいけれど、この日がいいと言う日はあまり見つからないから折角ならいいゴロの日とか、記念日とかがいいなと思いつつまだしていない。

 

旦那より、口座早く教えてほしい(私も前から両親からお祝いを振り込みたいから教えてほしいと言われてた) けれども出生体重貯金とやらをまだやっていないので教えたくても教えられない状況、「まだ、出生体重の出来てないんだよね」というと「そんなんだったら絶対やらないじゃん」と返された。

 

その時思ったことは何かは覚えていない

ただ、私の中の何かが削れた気がした。

 

飲みの中に入れて自然に溶けていく氷ではなく

ウイスキーを飲むときに丸く削られる氷の様な、

 

難しい、人と人ってとてもむずかしい

みんなが優しくなればいいのにと心から思う

夢の中、私は小学校の時に担任をしていたT先生の授業を受けていた。とてもいい先生なのだけど、夢は時に変だから、夢の中ではその先生の前では、"何をしても怒鳴られる先生" で皆が怯えながら授業を受けている所だった。(小学校のときの記憶で、何か悪いことをした生徒を叱っている姿が脳裏に焼き付いていたのかもしれない) 誰も動こうとしなかったので、私は明るいほうが良かれと思って教室の電気をつけに行ったらば、案の定怒鳴られた。みんなは冷たい目しかしない。黙って席に戻る。その後何を言われたかは覚えていないけどずっと怒鳴られていた。

 

 

旦那が何か私に言っている。けれどなんて言ってるか分かんないがキツめの声で起きた。思考回路が追いついていないからなのかただの寝起きだからなのか聞き取れなかった。夢が続いてるみたいな感覚で苦しくなる

 

子と寝室が別なので、「私が行く」と言ってミルクを作る。こんな泣きじゃくってるときにミルクを変えないといけないタイミングになった。不運だ。(私ならいつもなら少ししか残ってなかったら新しいのを開けておくのに...)ミルクをあげようとしたら急ぎすぎてたからか乗る場所を間違えてバランスを崩して自分がベッドから落ちた。目は覚めたけども久しぶりに痛かった。

 

「アレクサ〇〇を記録して」普段なら反応してくれるのに答えてくれない。何回か言ってみたけども反応なし。携帯は寝室、いまは授乳中、アレクサに言うしかない。なんでこんな時に限って ...。もう一度「アレクサ〇〇を記録して」怒り口調で言ったらしっかりと記録してくれた。アレクサモラハラのようで申し訳なかったが、心はないアレクサに怒りをぶつけるわけにも馬鹿らしい。心を殺した。

 

子が寝そうだったので寝室に戻る。私のスペースは半分もなくなっていて、(横に向いて寝たら寝れ無くもない位)無意識に寝返りを打っただけなんだろうけど、居場所がないのかと落ち込む。

 

しんどい。何をしてもしんどい。できることなら薬に即効性を求めたい。苦しさは今起きている。

数時間後効いてもそれまでの対処法がない時間が、辛い。

 

愛おしいはずの家族が愛おしいと思えないときが多くなってそれがとっても苦しい感じがする。

 

 

 

寝室にはわざとティッシュを置いていないので、心がざわつくときはタオルと一緒に寝る。好きすぎるがゆえ使い倒されたバンドのタオルしかないからもうちょっと肌触りのいいタオルを買おうかなと思うのに結局思うだけで買っていない。涙を静かに吸ってくれるならば、誰よりも心の友だと思ったりもする。

 

"思うだけで行動に移していないこと" と言うのは私の生活には沢山あってそれを上げると書ききれないと思うのだけれども、最近、"思うだけで行動に移していないことは大したことではなかった" と思うようになったのできっと、多分少しだけ大人に寄ったのだとおもった。